006 : 木村博之






毎日のように目にする地図や路線図、
あるいは施設のマーク。説明がなくても、
見た瞬間に意味するものがわかるのは、
的確なデザインが施されているからなのだ。
インフォグラフィックスの第一人者
木村博之さんのデザイン論。

インフォグラフィックスとはインフォメーションとグラフィックスをかけあわせた造語。耳慣れない 言葉かもしれないが、電車やバスの路線図、トイレやエレベーターなどの施設を示すマーク(ピクトグラム)、あるいはショップや会社所在地の案内図などは、 すべてインフォグラフィックスと言える。その第一人者が木村博之さん。ニュースデザイン協会(The Society for News Design)の世界的なコンテストの国際審査員を務め、『世界大地図』(小学館)や山川出版社の教科書内の地図やグラフ、図版などのディレクションを 行ってきた。

「言葉では伝わりにくいものでも、絵や図で説明すると簡単に理解できることがたくさんあります。 たとえば、トイレのマークを追っていけば、文字の説明がなくても確実にその場所に到達できます。地図もそうですよね。あるいは、新聞や雑誌などでニュース の図解があると、直感的に把握できた経験を持つ人も多いのではないでしょうか。こうした<見えにくい情報>を<わかりやすい形>にするのがインフォグラ フィックスです」と、木村さん。

地図や路線図などのインフォグラフィックスは、私たちの日常生活に溶け込んでいるため気づきにく いが、そこにはデザインの力が大きく働いている。インフォグラフィックスとしての地図は大学で地理学を専攻した木村さんが得意とするところ。情報誌やタウ ンマップ、広告などで、木村さんが代表を務める(株)チューブグラフィックス制作の地図は実に多い。

「たとえばショップや会社所在地などの案内図にはインフォグラフィックスの技術が詰まっていま す。初めて訪れる人が迷わずに最短時間で到着できることが案内図の使命。シンプルなルートと必要最小限の目印を表記するだけで十分です。こうした表記する 情報の取捨選択、目印の表現、見やすく好印象を与える色選び、平面図あるいは鳥瞰図など視点の移動など、さまざまな箇所でデザインが行われているのです」  

左上にあるのは、木村さんが代表を務める(株)チューブグラフィックスの所在地を示す案内図。斜 めからの視点の鳥瞰図にしたことで、原宿から根津美術館までの広いエリアが地図の中におさまる。並木や森は柔らかい線と緑で表現され、表参道周辺の持つ雰 囲気が伝わってくる。目印になる建物はシンプルな形状だが、「ああ、このビルだ」と歩く人が安心して目的地を目指せるしかけが隠されている。


ちなみに (株)チューブグラフィックスのチューブ(=tube)は、ロンドンの地下鉄のニックネーム。トンネルの形も車体の形もチューブ状だから、そう呼ばれているのだ。

「インフォグラフィックスの師匠の一人であるルーファス・シーガー氏にロンドンに会いにいったと き、地下鉄の印象がとても強かったんです。路線図や標識のわかりやすさはもちろん、エスカレーターのステップに沿って額に入って整然と並ぶ広告、スムーズ な人の流れをつくるための一方通行など、とにかく情報を縦横無尽に利用する工夫がすごい。普段はさりげなくそこにあるので気がつかないけれど、人と情報、 人と人をしっかりと送り届けて結びつける、ロンドンの地下鉄=tubeのネットワークのような仕事がいいなと思い、社名をtube graphicsとしました」 



「インフォグラフィックスは表現形態でこんなふうに分類できます」と木村さん。主にイラストを用 いて説明図解する「ダイアグラム」、図形・線・イラストなどで相互の関係を整理する「チャート」、情報をある基準で区分して縦軸・横軸上で整理する 「表」、数値で比較や変化を表す「グラフ」、文字を使わずに絵で物事を直感的に伝える「ピクトグラム」、そして前述した「地図」だ。

「どの表現形態においても、まずは情報の存在を新鮮な驚きで気づかせ、練り上げられた視覚表現で理解を促さなければなりません。よりわかりやすい形にするために、デザインするときには常に次の5つの要素を意識しています」

その5つの要素とは、見る人の目と心を惹きつける「Attractive」、伝えたい情報を明確にする「Clear」、必要な情報だけを簡略化する「Simple」、目の流れに沿う「Flow」、文字がなくても理解させる「Wordless」だ。

右のレーダーチャートは「Attractive」の一例。雑誌『ソトコト』に掲載された、大阪王将のCSRの度合いを示したものだ。数値を線だけで表現したほうがわかりやすいかもしれないが、読者の興味を引き付ける効果はどうしても薄まる。

「餃子の大阪王将は餃子のタレで度合いを表現しました。餃子とタレはセット。餃子そのものを見せ ずに熱々の餃子とジュワーッとした旨さを連想させる、最小にして最大の効果を生むイメージキャラとしてタレを使ってみたんです。グラフは冷たい印象がある けれど、こんなユーモアがあると読者に興味を持ってもらえるんじゃないかと考えたんです」

また、棒グラフや折れ線グラフはニュース解説のための要素にはなりえるが、その変化や推移がよほ ど大きなものでないと読者にインパクトは与えられない。そこで木村さんは、新幹線の最高速度の推移を走り迫る車両の写真と組み合わせて、新聞読者の目を釘 付けにした(朝日新聞『be on Sunday』に掲載)。

「単なる棒グラフでは新幹線のスピード感は伝わらない。それに、実は運転開始から最高速度は時速 220kmから300kmと80km/hほどの伸び。時速が2倍、3倍になったわけではないので、数値的にもインパクトが今ひとつですよね。では、どうし たらいいのかと考え抜いた結果、ホームで新幹線が通過するときの、あのすさまじい風圧と迫力を思い出して、走り迫る写真と組み合わせました」

木村さんは「こうした表現方法は違いを際立たせたいときには有効だが、誤解を与える場合があるの で注意と配慮が必要」とも話すが、この記事は読者に驚きと感動を与えたはずだ。加えて、グラフの要素を最高速度だけに絞った「Simple」と、新幹線の 奥から近付いてくる動きとグラフの伸びを沿わせて、読者の目の流れを自然に誘導する「Flow」も充たしている。何げなく見ているインフォグラフィックス の裏には、緻密な思考とデザインが施されている。



インフォグラフィックスは数あるデザインの領域の中でも、もっとも多くの不特定多数の人に開かれているデザインと言える。なぜかというと、情報や物事の仕組みを把握・整理した視覚的な表現に着地させているので、文字がなくてもその意図が伝わるからだ。

「インフォグラフィックスの5つの要素の最後、Wordlessが理想形です。言葉による説明が なくても世界中の人が情報をシェアできる。いわば、デザインによる世界共通言語になりえます。その可能性を広めたい」と話す木村さん。最新著書『インフォ グラフィックス 情報をデザインする視点と表現』では、これまで培ってきたノウハウを惜しみなく公開した。また、木村さんのブログの自己紹介は人を表すピクトグラムの間に本人が立っている。ここにも木村さんらしいしかけが。

「このピクトグラムはアルファベットの0、I、Jとピリオドを組み合わせたもの。イラストが描けない人でもピクトグラムはつくれるんです(笑)」 

もう一つ見ていただきたいのが、左の人間の背骨の年齢による変化を表したチャート。矢印や文字が なくても、人間の体の中で背骨だけを赤にすることで読者は自然とその変化を目で追え、ギザギザの円になっている箇所にトラブルや痛みが出ていると伝わる。 また、右端はシンプルな直線をくるっと丸めているから子宮の中の胎児であると直感的にわかり、そこが誕生という人生のスタートだと読者はイメージ。さら に、身体と顔の向きだけで、読者に右から左への自然な視線の移動を誘導する「Flow」の起点のしかけとなっている。

「木村さんはインフォグラフィックスを広めるために、大学での講義のみならず、一般向けのセミ ナーやワークショップも行っている。5月には「災害から身を守り、情報を伝えあうためのデザイン」というフォーラムも企画した。インフォグラフィックスな らば字が読めない小さな子供でも理解し、いざというときに適切な行動を促せるからだ。

「インフォグラフィックスは人間が安全・快適に生活するための情報デザインの一つです。理想形の Wordlessなデザインに到達するためには、自分の視点に固執せずに、すべての人がどういう見方をするのかをイメージし、視点移動を繰り返しながらの 模索が必要です。それはつまり、自分の思いを一方的に<伝える>のではなく、相手の立場にたって考え、どうやったら相手に<伝わる>かをデザインすること なのだと思います。ちょっとクサい表現になってしまいますが、インフォグラフィックスは誰かのために役立ちたいという思いやりのデザインなんです」


1956年、宮城県女川町生まれ。(株)チューブグラフィックス代表取締役。明治大学卒業(地理 学)。(有)モリシタで地図を中心としたインフォグラフィックス・デザインに携わる。1986年に独立し、(株)チューブグラフィックスを設立。1995 年、世界各国から優れたインフォグラフィックスが集合するコンテスト、SND Malofiej Infographics Awardsで金賞受賞。1996〜97年、Malofiej Awardsの審査員。1998年、長野オリンピックの公式ガイドを作成。2009年、第30回SND(The Society for News Design:ニュースデザイン協会)国際コンテスト審査員。2010年『世界大地図』(小学館)でも数多くのインフォグラフィックスを担当。現在、千葉 大学工学部、東洋大学ライフデザイン学部で講師をつ

とめる。木村さんの仕事はこちら。


イメージしにくい物事やデータなどの「見えない情報」を、言語の力を最小 限に用いて「わかりやすい形」にする、木村さんの発想と表現のプロセス・技法を紹介。しかも、それぞれの技法に的確な解説が施されており、日々のビジネス でのプレゼンテーションやコミュニケーションにも応用できるテクニックが満載。インフォグラフィックスの技法は普遍的であり、思考やデータの視覚化はビジ ネスパーソンのスキルアップにもつながる。



このインタビュー記事は、2011.6.6にSxL様の60周年記念サイトに掲載されましたが、約1年後に閉じられました。
リクルート様によリ作成されたこの記事は、こちらの手元にある当時の資料をもとに復活させたものです。 2015.5.3